日本の密教などでは梵字(サンスクリット)は不思議なパワーを持つ言葉と信じられています。そんな梵字をモチーフにしたアクセサリーのお店です。
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自己紹介

本谷景康 こんにちは。店主の本谷です。
宝石、ジュエリーについて知ってもらう前にボクのことも少しでも知って頂けたらと思います。
インターネットでの出会いという、日常ではない空間での出会いを大切にし、それをきっかけに少しでもお役に立てればと思っています。

ボクが宝石業界で働くことになった訳

こんな事を書くと、どう思われるのか心配ですが、父が職人と言う事もあり、ボク自身は、この宝石業界で働くことは、「嫌で嫌で仕方なかった」です。
理由などはもうかなり前なので、今考えると「たったそれだけ?」と、夫婦の喧嘩のようなちっぽけな理由で、「同じ業界で働きたくない!」という理由だけでした。二十歳でしたし実際に他でやってみたいこともありました。

しかし、父自身はこの業界に入れたかったらしく、訳も分からず会社が決まっていました(?.?)
会社と言ってもボクと社長だけの、中小企業の中の中小企業です。
何も分からない僕はただただ、会社に行って訳の分からない仕事をこなしながら、

「なんでこんなんせなあかんねん・・・」

と、若者全開のような事ををずっといってました。朝起きて眠かったら「午後から出ます」休み明けの月曜日は「体調悪いから、午後から出ます」と、今から考えれば世の中を舐めきった若者だったのでした(今書いていても恥ずかしい・・・)

「絶対辞めたんねん!」と思いながら嫌々仕事をこなして、一年、二年、三年経ってくると業界のことも分かりだし、仕事も任せてもらえ、営業も一人でこなせるようになり、仕事も少しは楽しめるようになってきました。それでも「辞めたい」という思いは変わらなかったです。父への反発心のかたまりだったのかも知れませんね。

と、三年が過ぎた頃、以前からの恋人と結婚したのでした。一人の場合は気楽に身を振れましたが、二人になるとそう簡単ではなくなります。給料もそれなりにありましたし、仕事もまぁまぁ楽しくなってきましたし。それに、自分で作った商品や仕入れた商品が売れた時の嬉しさが分かってしまったんですね。「商売」という面白さに気付いた瞬間だったのかも知れません。

そう思ってから四年、五年、六年と順調に仕事もこなし、予算内で仕入をし、事務雑用と何でもしました。小さな会社でしたし、社長が何でも任せてくれる人だったので、自由気ままに仕事していました。その頃にはもう、「辞めたい」とは思わずに、「独立して商売をしよう」と思い始めていました。

そのまま、時は流れ9年目に会社の社長が高齢(65歳)で、「そろそろ会社を閉めようと思うんだけど、君のことがあるからどうしようかと考えてる。」といわれていました。何年か前からその話はしていたので、驚くこともなかったのですが、
「遂に来たなぁ」と思ったのは確かです。「このまま、会社を継ぐか、何か新しい仕事に就くか、独立するか」といわれたので、迷わず、「ボクは独立しますよ。」とあっさり言いました。社長はボクが独立するとは思ってなかったようで、驚いていたと思います。

小さい頃から家が商売をしていた事もあったこともあって、商売をすると言うことが自然の流れでした。会社員になろうと思ったことは全くなく、安定な生活というのには憧れがなかったのです。そんな中で会社員をしているのは、どうも自分自身に納得がいかなかったのです。

そうやって独立したのが2006年です。宝石業界の会社員として10年間やってきて、普通の会社員とはまったく違い、仕事の全てをやってきました。普通の人が20年かかるところを10年でできたという自信はあります。

とは言え、自分ひとりで仕事をするとなると勝手が違います。同じ業界で働く親との会話も増えました。父とも増えました。ちなみに、母も弟も全て宝石業界で働いています。それが我が家の自慢でもあります。

なぜ、インターネットでジュエリーを売るのか?

僕自身、機械などが大好きで、パソコン歴も長く、得意分野ということもありますが、本当の理由は別のところにあります。それは職人である父の事です。

父は宝石職人でも加工代は大阪で一番高かったんです。普通加工代は高ければ、安いところにもって行きますよね?でも、仕事が常に入っていました。今もそうですが。

なぜ、大阪で一番高かったのか?それは他の職人さんとは圧倒的に違う技術を仕事量でした。「職人さんが自分の出来ない仕事を持ってくる」と言うことからもうかがい知れます。毎日30本も40本もサイズ直しや、枠作り、加工と仕事をこなすには睡眠を削ると言うことはもちろん、一つ一つの仕事を手早く完璧にしないといけません。その点、父は本当に全く妥協せず、手早く完璧にこなしていました。

この妥協せずと言う事ですが、建前ではなく本当に妥協をしないのです。この話をすると、
「手を抜いても文句を言われる品質じゃないけど、手を抜かなければもっていい品質になるし、手を抜くと言うことは、自分に負けると言うことやぞ。そんな人間に仕事がくる訳ないやろ?」

その言葉を聞いたとき「あぁ、おとんは本当に職人なんやなぁ」と思ったものです。
色々な職人をボクは見てきました。家にきたり行ったりと。でも、ほとんどの職人さんが仕事を貰いに営業にまわるような感じで、仕事として職人をしている「職業職人」でした。
もちろん、それでも構わないのですが、父は態度はでかいし、言いたいことも言い、加工代も高い!

「値段があわへんかったら他行ったらええやないか、帰れ!」

と自分が納得しないと絶対仕事をしなかったんです。頑固者と言う言葉がピッタリ(^^;)
でも、そんな父も年齢を重ねるごとに丸くなり、ボクの仕事などは文句も言わず受けてくれるようになったのです。

そんな父の仕事を改めて見ながら、「親父をネットと言う世界で試してみたい、広めてみたい」

と思うようになったのです。父の仕事の凄さをネットを通じて感じていただきたい。本当の職人と言う人間の魂を感じて欲しい!と。

匠の作る美しい宝飾品を感じてもらいたい

本谷元二

上の写真が父と、父の作る指輪ですが、本当に凄いんです。アッと言う間に作ってしまいますから。企業秘密の道具もやたらと多く、実際には見せていない部分も多いんです。こんな普通の指輪でもたった一時間もかからず作っていく所を目の前でみると圧倒されます。
心底感動しますよ!作られている過程の使う道具や方法。その全てに意味があるんです。

ボクは今まで職人の一番近くにいたのに知らなかった。。。本当に恥ずかしい思いです。
普通は出来上がったものを「できたで」って感じで見るだけなんですからね(^^;)

このダイヤモンドもなく、デザインもされていない指輪にすら凄みを感じるのですから、「おとんは本当は、本当に凄かったんや」と感じた瞬間でした。恐らく一生忘れることはないと思いますね。

ジュエリーに対するボクの想い

お店に並んでいる宝石って何から作られているかと言うと、当たり前ですが、「人」それも「宝石職人」なんです。現代は大量生産品が出回って、価格も安く出回り、「モノ」としか見られなくなってきました。

でも、本当は「人」が作っているんだということを知って欲しいんです。
ボクが販売している商品からは少なくともその「人」を感じてもらいたいと思ってやっています。「親から子へ子から孫へ」と大切に引き継がれる商品を、最後までお手伝いしたいと思っています。
当店の販売する商品から「人のぬくもり」を感じていただけたなら幸いです。

店主 本谷景康

梵字アクセサリー専門店「梵字屋」
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